

新たな世界戦争のかたち
米国とイスラエルによるイラン攻撃の開始から2週間が過ぎた。昨年夏、ロシアによるウクライナ侵攻とイスラエルによるガザ侵攻をめぐり、このジャーナルに「冬の市民 − 戦後80年の先に」という記事を書いた。それから世界の戦線は、イスラエルによるレバノンへの侵攻、米軍とイスラエルが協調したイラン空爆、さらに米軍単独でベネズエラを攻撃している。もっとも、侵略を受けた側からの軍事目標を対象とする反撃は、データで比較しうるかぎり損傷させた兵器も兵員も微々たるものだ。 現下の情勢をもって第3次世界大戦と比肩する見方には異論もある。とりわけ〝ポスト=ポスト冷戦史観〟に囚われた発想からは、2001年を契機に戦争のプロパガンダとして掲げられた「テロとの戦いの残存戦」との解釈ができよう。当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領が〝悪の枢軸〟と名指ししたイラク、イラン、北朝鮮のうち、崩壊させたのはイラクだけだからだ。しかし、冷静に振り返ってみれば「対テロ戦」という名目の戦争こそが第1の転機であり、次なる世界大戦への地ならしだった。 2010年代に入ると、独裁政権下のシリアに拠点

横村 出|Izuru Yokomura
13 分前


何が「和平」か?
「君は、どういう意味で〝和平〟という言葉を使っているのかね? このパレスチナのどこにも〝和平〟など存在しないのに」—— 2002年5月、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ラマラで、著名なパレスチナ人の国際政治学者にインタビューしていたときのこと。私が不用意に使った「和平」という言葉に一瞬で反応し、鋭く反論された。 その2年前の2000年7月に米国が仲介した中東和平会談が決裂し、当時はイスラエルの野党だったリクードの党首が、イスラムにとっても聖地であるエルサレムの神殿の丘へ立ち入った。これを挑発と受け止めたパレスチナが蜂起し、第2次インティファーダと呼ばれる紛争が続いていたころだ。 私が「和平」を口にしたのには理由がある。1993年のオスロ合意で結ばれた和平案が破綻した直後の2000年9月、ノルウェーのオスロでヤーグラン外相(元首相・ノーベル委員会委員長)を取材していた。ヤーグラン氏こそ、オスロ合意の秘密交渉に深く関わった人物だった。偶然にもそのとき、ニューヨークの国連本部から外相に電話が入った。インタビューを中座して戻った外相は、興奮を隠しきれない

横村 出|Izuru Yokomura
2025年12月7日


冬の市民 − 戦後80年の先に
臆面なき戦争の時代 2020年代の幕開けがコロナ禍であったことが「人類の運命の試金石だった」と、後世の歴史家は振り返ることになるだろう。疫病が、野蛮なテロリズムとポピュリズムで沸騰した人類へ〝冷や水〟を浴びせたのもつかの間、命を守るための「共存」と「平和構築」の価値観に回...

横村 出|Izuru Yokomura
2025年9月14日


戦争の終わり方
ウクライナ戦争の終結をさぐるため、米ロ首脳が8月15日にアラスカで直接会って会談すると報じられている。戦争を始めるのはたやすいが、終えるのは難しい。今日は80年前に長崎に原爆が投下された日であり、15日は、日本がポツダム宣言を受諾し無条件降伏によって第2次世界大戦が事実上終...

横村 出|Izuru Yokomura
2025年8月9日


何に導かれて? 〜フランス革命を描いた画家
毎年、7月14日のパリ祭は、1789年に起きたフランス革命を記念して開かれている。本来なら自由、平等、博愛の理想で彩られる日なのだが、昨今のフランスはじめ極右の台頭ぶりから、華やかな祭典も色あせて見える。 フランスの動乱期、1830年に起きた2度目の7月革命を描いたのが、ド...

横村 出|Izuru Yokomura
2025年7月11日




